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Castle In the Air

キャッスル・イン・ジ・エア


ギタリスト/渡辺香津美と共に2007年に結成したユニットです。同名アルバムに代表される、谷川のオリジナリティー溢れる楽曲をフレームに渡辺香津美の感性豊かなギターが彩る世界は、いわゆるJAZZのイディオムとは一線画したアプローチによる新感覚インストゥルメンタルを生み出しました。母性を土台にしたピアニズムに縦横無尽のギタリズム、時間をかけて育んだ『あ・うん』の呼吸で音の旅を綴ります。

 

 

 

 

Pick up tour in 2009

 

 

Castle In The Air 【空中楼閣】 中国4都市7公演敢行の記録エッセイ より(text by Kazumi Watanabe)

2009年11月末から12月にかけて中国に演奏旅をした。
僕とパートナーのピアニストである谷川公子とのユニット「Castle In The Air」にサックスとフルートの本田雅人、中国琵琶の女流演奏家でモンゴル自治区出身のジャンティンを迎えた四重奏団。バンド名も中国風に「空中楼閣」とシャレてみた。

 

 

4都市7公演のスタートは万博を控えて活気に沸く上海。急速な近代化を目の当たりにしながら、底知れぬパワーを秘めた街の匂いを嗅ぐ。会場下見とリハーサルを兼ねて上海音楽院を訪れると、学内に掲げられた我々の巨大ポスターに遭遇。その大きさたるや映画館のそれ。思わずメンバーかわるがわるに自分のどでかい顔と記念撮影。

 

 

その夜はハイカラな店の並ぶ衡山路に近い「国安蟹味館」という上海蟹の店へ繰り出した。店内の水槽にはびっしりと蟹が。しかも張り巡らされた網をよじ登って、コウモリのように天井からぶら下がっている元気なやつもいる。ほどよく蒸し上げられた蟹肉はコクがあって旨いが、甲羅に残った味噌をパンにつけてたいらげるのも極楽。

 

 

ここ上海では音楽院のホールと灘(バンド)地区のライブハウスという、全く異質の空間で二日に渡り公演した他、音楽院ジャズ科でのワークショップも行った。グローバル化の波が目前とはいえ、情報は閉鎖的で、伝統音楽やクラシック以外の世界を学び吸収し
たいという意欲に満ちた学生達の目の輝きには圧倒され、まさに80年代の日本のジャズフュージョン黎明期を彷彿させる。コンサートが大盛況であったことはそういうものと無縁ではないだろう。

翌日は三国志ゆかりの地である成都へと移動。四川省人民対外友好協会より熱烈歓迎を受け、一同、恐縮。中国では敬称に『~先生』が使われるが日本語でのいわゆる『先生』とは別もの。が、通訳嬢に『先生』を連発されるとなんとも居心地の悪い感覚にもぞもぞしてしまう。成都での公演前日に、2008年の四川大地震で被災し、母校が崩壊した学生たちが分散して寄宿しながら勉強や創作をしている「アバ師範専科学校」に慰問演奏を行った。二時間余りのバス移動の末に現地到着。ここでもやはり熱烈歓迎。さらに対岸に座る人の顔もよく見えないほどの直径の円卓を囲む大昼食会。暖房もままならぬ冷え冷えとした会場での演奏の後、我々への返礼として、自分が生まれた地方の民族衣装をまとった学生達が、歌や踊りを披露してくれる。寒さに無頓着な薄着にも驚いたが、なにより彼らの屈託のない笑顔と、被災を乗り越えた逞しさには、おもわず胸が熱くなった。

 

 

 

 

成都にもどり、夜は麻婆豆腐発祥の地だという「陳麻婆豆腐店」で本場の激辛を堪能。辛味のポイントは唐辛子より山椒なので、食べているうちにだんだん口の中がシビれてくる。次の公演地、重慶の名物「火鍋」も、やはり決め手はサンショ。どちらも辛さにはまると、病みつきになるという。成都・重慶という中国史で知られる要所で演奏ができるとは幸運だったが、ジャズさえ馴染みのない人々に、ある種の情景を伴った、それでいて自由奔放な我々の音楽を届けるというのは冒険だった。一般的には「賑やかでテンポのある曲はいいが、静かな曲になるとザワザワしたり、飽きて客席を立って出て行ってしまう」と聞いていたから不安はあったが、心をくだけば、と、辿々しい中国語で挨拶しながら、全編我々本来の姿を鑑賞いただく。結果、水を打ったようにじっくり腰をすえて最後まで楽しんでくれた観客に、友好協会の面々も日本の総領事も「これこそまさに文化交流ですよ」と大喜びでホッとした。

 

 

 

 

そして最終公演の地は北京。内外の多様な芸術が集まる大都市だ。中央音楽院大ホールでの本番は、さすがに耳が肥えている聴衆の手応え。僕らのアンサンブルも熟成してくる頃でなにより。「長旅で胃がお疲れでしょう」と交流基金の人が連れて行ってくれた料理店「小背簍」のキノコ鍋スープが滋養強壮たっぷりで、中国三千年の歴史に唸る。性懲りもなく翌日は北京ダックに舌鼓を打ちながらふと感じた。これだけ豊かな食文化を育む中国に生きる若者達が、いずれジャズやフュージョンを我がモノとした時に奏でるであろう極彩色のサウンド。それを想像するとワクワクするじゃないか。その瞬間僕は、この国にこそギターの魅力を伝えていきたいと強く思った。